《ポッペアの戴冠》の台本作家ブゼネッロについて by Ms.大崎さやの 20171209

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モンテヴェルディ生誕450年記念にちなんで、8名が各々専門分野での考察を語るシンポジウムを聴講しました。

そのサマリーと感想をお伝えしたいと思います。

なかなか台本作家にまで焦点を当てることがないので、とても貴重なお話でした。

*ブゼネッロという人物について

1598年にヴェネツィアの裕福な家庭に生まれて、サルピ(修道士でありながら教会に対する国家権の優越を主張した人)に法学を学び、クレモニー二(アリストテレス主義を代表する人)に哲学を学んでいる。ヴェネツィアで弁護士業をしていたが、『アドーネ』(マリーノ)に感銘を受けて文筆活動に入る。《ポッペアの戴冠》は1643年初演。

*《ポッペアの戴冠》は聖人を扱った作品を除けば実在の人物を扱った最初のオペラ。

アリストテレスの『詩学』の第9章に「歴史は事実を語るため個別的であるが、詩はいかにも起こりそうなこと、すなわち、真実らしいことを語るゆえに、普遍性を持つ」とある。ここから、オペラはそもそも歌われるために現実的ではなく、「真実らしさ」から外れるという不安から、詩人たちはオペラ作品にもっぱら神話や伝説と行った文学作品の、明らかに現実には存在しないような人物を取り上げてることで、正当化してきたと言える。ところが、ブゼネッロは、詩人が自由に物語や歴史を書き換えることができると主張している。

*《ポッペアの戴冠》に見られるブゼネッロの思想

① 詩人は自由に史実を変えられる。

オットーネは妻ではなく恋人にしているし、史実のセネカの死は戴冠の3年後だけれど、オペラの中では、戴冠の前に、死刑になっている。

② 肉体的な愛が精神的な愛と同列に語られる。精神的な愛に触れることのないまま肉体的な愛を享受するよう、オタアヴィアの乳母が助言するシーンがある。それはすなわち限りあるこの世の命を楽しもうちうブゼネッロの思想である。

*《ポッペアの戴冠》の解釈

政治的道徳的なメッセージと捉える研究者がいるが、Ms大崎は大真面目にではなくむしろアイロニカルな視点から描かれたものであるという解釈をしている。

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文献や、オペラのセリフを拾いながら解説してくださり、とても参考になる研究発表でした。この時代に、「真実らしさ」という概念が広がることで、詩人はより自由に、史実を湾曲させても書くことが許され、主義主張を表現できるということに改めて感動を覚えました。

セネカの死のタイミングを確認すべく、年表を当たってみました。

  • 3712月15日 – アンティウム(現在のアンツィオ)にて出生。
  • 50 – クラウディウス帝の養子となり、ネロ・クラウディウスと改名する。
  • 5410月13日 – クラウディウスの死により即位。
  • 59 – アグリッピナを殺害。
  • 62 – オクタウィア自殺。ポッパエア・サビナと再婚。
  • 65 – セネカが自死。
  • 686月9日 – 反乱を受けて自殺。

なるほど、戴冠とセネカの死は史実とは違っていました。が、セネカが登場することで、より「真実らしさ」が増し、ドラマティックな展開になっていることは間違いないですね。

あっぱれ、ブゼネッロ!です!

関連して、ナマ演奏が用意されていました。

《ポッペアの戴冠》より”Pur ti miro” など。

テノール 黒田大介さん  ソプラノ 末吉朋子さん

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