《こうもり》J・シュトラウス by 二期会(ベルリン・コミッシュ・オーパーとの提携公演)2017/11/25

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今回の公演は本当に驚いた。今まではオペレッタというとどこかとってつけたような、演出家によって動かされているような感じが抜け切らなかったけど、今回は全ての歌手が自らの意思で動いているようで生き生きししていたから。日本のオペレッタがこのレベルまできたのかと嬉しく思った。特にアイゼンシュタインを歌い演じた又吉秀樹さんは体当たりの演技で客席を湧かせた。

舞台には既に家具らしきものがセットされ、その上に大きな生成りの生地が覆いかぶさっていた。あそこはテーブルだろうとか、ピアノだろうとか想像しながら待ってるのは楽しい。序曲が終わろうとする頃、するするとその生成りの大きな一枚布が天井奥に巻き上げられていった。

ロザリンデに言い寄るアルフレードは、通常なら歌った後退散するけれど、今回の演出では退出しようとするとブリントが入ってきて退出しそびれてタンスに隠れ、さらにまた、他のタンスに隠れ直したりして、アイゼンシュタインがタンスを開けそうになったりするのでロザリンデはハラハラする。

私の大好きな3人が本音と建て前をいうシーンでは、本音をいう時は照明が暗くなり、建て前をいうときは明るくなるという視覚効果でも表現してたのは珍しかった。

いつするの、今でしょ!

タンスにゴン(ちょっと古いけどね〜笑)

あな雪の「ありのままで」を歌ったり

「そんたく」という単語を使ったりして笑いを誘っていた。

驚いたのは

ロシアンルーレット(ピストルに玉を1発入れて交互に自分の頭に銃口を当てて引き金を引く)が出てきて、頭には当てていないけれど、1度銃声がしたことと、シャンパンの蓋をほぼ同時にポンポンと開けた時。

演出面で大きく変わっていたのは、全体にファルケが全て仕組んだことが明確だったことと、合唱演じるパーティ会場の人々もこの趣向の本当のところを知っていることを強調していたこと。例えば、オルロフスキー男爵が実在ではなく、一人の女性に男爵風の格好をさせて、ファルケが支持して全てをやらせていること。合唱がアイゼンシュタインを笑い者にするのはファルケと同調していることなど。

もう一点、なるほどなぁと関心したのは

2幕のバレエのシーンの前で休憩にしたこと。(1幕終わりでは休憩なしで、アイゼンシュタインの居間がそのままオルロフスキーの館のパーティ会場になる)休憩が終わると客席がまだ明るいうちにそのバレエ音楽は始まり、明るいのでおしゃべりしている人たちも多々いる状況で音楽は奏でられていく。オペラ座ができた当初は社交場でおしゃべりも飲食も自由だったそうだから、宴もたけなわなタイミングでこういう状況になっているのは結構理にかなっていると納得してしまった(笑)バレエ音楽が終わり、客席が暗くなると自然とおしゃべりはなくなり、自然とまたドラマに入っていった。休憩中にシャンパンのサービスがあったらなおこの演出が生きるのになぁと勝手に想像していた。

今回はフロッシュをイッセー尾形さんが演じたのだけれど、あの長いコメントとウクレレで歌うのは不要に思った。長すぎる〜。けど、彼のセリフで、新聞で顔を埋めている刑務所長に「報道の力に押し潰されている」と言ったのは面白かった。

前半で倒れた壁はアイゼンシュタインがファルケに仕組まれたことと知り、「全てはシャンパンの泡のせい!」と言って大団円となる時には倒れた壁は戻り、再び、アデーレが嘆き、アルフレードがアイゼンシュタインのガウンを着てくつろいでいるシーンに戻り、幕となる。なかなか考えられていて、感服した。

日本人の《こうもり》で心底楽しめたのは今回が初めてかもしれない。

(ただし、フロッシュのシーンは長すぎることを除いては〜笑)

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