《ポッペアの戴冠》モンテヴェルディ 演奏会形式 at 東京オペラシティコンサートホール 2017/11/23

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モンテヴェルディ生誕450年記念。

古楽器を使ってバロック音楽を演奏することに定評のあるバッハ・コレギウム・ジャパンが鈴木優人のもと、田尾下哲の演出での挑戦作品。

モンテヴェルディ最後のオペラ。

荒〜いあらすじは↓

武将オットーネの妻ポッペアは皇帝ネローネと不倫熱愛中。皇帝ネローネの妻オッターヴィアはポッペアの殺害を目論み、オットーネに殺害を指示するが阻止され、愛人と共に追放。皇帝の妻オッターヴィアも追放され、ポッペアがお妃として戴冠する。

いつもの如く、あらすじは身も蓋もないのに、イタリアオペラ史上の金字塔のひとつと言われる所以はどこにあるのか?

一つには登場人物が実に感情豊かで個性があり、生き生きしていることだと思う。

愛し合うポッペアとネローネはそれぞれにアリアなどがあり、心情を吐露する。そして愛を語り合う2重唱の美しさは天を舞うよう。同じ母音で音程がコロコロ変わる離れ業もそれぞれに個性を出していて掛け合いは見事だった。

夫に裏切られている妻オッターヴィアも、その心の内の苦渋の想いをレチタティーヴォで切々と歌う。

幸福の神、美徳の神、愛の神も実に人間臭く崇高な人格者ではなく、等身大なのも身近に感じられる。

唯一まともな哲学者セネカも他の人物との格差が際立ち、ある意味救いになっている。(ネローネによって殺害されるが)

2つめは、シリアスな場面とコミカルな場面、殺害依頼などの緊迫した場面や愛を語りあるロマンティックな場面など、様々な場面が用意されて、それが小気味よく組み合わされていることだと思う。

笑ってしまったのが、2幕で、小姓が女官を口説く場面は、脳裏に《フィガロの結婚》のケルビーノそっくりだと思ったし、ポッペアとネローネが向かい合って愛を語るシーンは《ばらの騎士》のオクタヴィアンとゾフィーを思い起こしたりした。

セネカの死刑が決まった後に、セネカの友人の3人が「ノン モリル セネカ」(セネカ、死なないで)と3重唱で歌うんだけど、これがリズミカルで、美しく心地よくて、避けがたい死であることを忘れそうになる。この複雑な感覚はこのオペラの醍醐味だと思う。

3つめは、非日常的なドラマが展開されていて、それが見事に音楽とマッチしていることだと思う。

常識に雁字搦めになっている日常からかけ離れた別世界に誘われ、自分の感情を解放できる快感があるんだと思う。誰が見てもお妃オッターヴィアに非はなく、忠信故に苦言を呈したセネカが殺され、はちゃめちゃだ。それでも、愛を貫くネローネとポッペアだけでなく、愛故に自己犠牲を名乗り出た女官とオットーネの愛を認め、死刑にせず流刑にしたネローネにも焦点が当たって美しくまとまっている。

古楽器を使っているから、いわゆるクラシック音楽で聴く音色と違って、「古さ」を感じ、それが設定の紀元65年ととてもフィットしていた。

歌手陣の声質がとても合っていて、歌手のレベルに凸凹もなく、とても聴きやすい公演だった。

オペラシティ恒例のクリスマスツリー 今年はこの3色のローティションでした!クリスマスシーズン到来ですね♪( ´θ`)ノ

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