ラインハルト・カイザーのオペラについて by Mr.荻野静男

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モンテヴェルディ生誕450年記念にちなんで、8名が各々専門分野での考察を語ったシンポジウム。

ラインハルト・カイザー(1674〜1739)

父親はオルガン奏者で教師。1697年ごろよりハンブルクに永住。「ゲンゼマルクトオーパー」(ハンブルク市立歌劇場の前身)の首席作曲家を1717年まで勤める。1718年にゲンゼマルクトオーパーが崩壊すると、ハンブルクを去って余所に職を求め、テューリンゲンやシュトゥットガルトを訪れる。1721年の夏の間ハンブルクに戻る。ハンブルクを出入りする生活が続く。1728年にハンブルク大聖堂の教会音楽家に就任。1739年に没。

ハンブルクという都市の特徴

財力があって神聖ローマ帝国より自由都市として特権を獲得、維持することができた都市。

貴族ではなく商人が財を蓄えた街。

1678年にドイツ初の公開オペラハウス(チケット制でお金を出せば誰でも入れる)ができている街。ここは山から遠いので石の切り出しではなくチェコの木材をエルベ川に流して持ってきて造った木造のオペラハウスだった。ここではヘンデル、ハッセ、カイザー、テレマンが活躍していた。

カイザーはローマ皇帝ものとして《誘惑されたクラウディウス》を書いている。悲劇と喜劇のブラックユーモア、権力と愛の掛け合いなど、なかなかの出来。

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とこんな感じで、彼の場合は今ひとつ、何を訴えたいのかわからない講演でした。(関係者の方がご覧になっていたらごめんなさい)

ハンブルクという都市が制約の少ない自由都市であったことや、お金を出せば入れるオペラハウスがあることで、オペラの内容もかなり自由に創作できたということが言いたかったことなのではないかと拝察します。

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調べてみると、クラウディウスは4代皇帝。

在位41年から54年。有名なネロは奥さん(アグリッピーナ)の連れ子で養子にしている。

オペラはタキトゥス(ローマの歴史家)の物語の中のエピソードに基づいているらしい。

 

 

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