ロンドンで上演された古代ローマ帝国にまつわるオペラ、J・C・バッハ《カラッタコ》について by Mr.吉江秀和

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1741年に初演された《ディダミーア》でヘンデルはイタリアおp0えらの作曲を終える。その後もオペラ上演はあったが、その後の20年ほどの間の70作品あまりは、寄せ集めオペラだった。その後、1766年のシーズンにはピッチンニ(1728〜1800)、人気が顕著だった。

《カラッタコ》について

作曲者J・C・バッハはかの有名なバッハの第11男。バッハ一族の中で唯一のオペラ作曲家。ロンドンでヘンデルの後継者となる。「ロンドンのバッハ」と言われることも。

あらすじは実話で、「年代記」の33〜37がこのオペラに当たる。まさしくオペラ・セリア。

J・C・バッハの《カラッタコ》は皇帝が第5代のクラウディウス(ネロ)になっているが大筋はタキトゥスに従う。が、タキトゥスとの相違点はいくつかあって、最後のカラッタコの演説が、特筆すべきところ。ここでは誇り高きカラッタコの人格が強調されており、新聞も、曲の素晴らしさと、舞台の素晴らしさと、カラッタコの誇りを褒めている。

《カラッタコ》はロンドン用のオリジナル(大陸からの輸入ものが多いが)の台本で、古代ローマを舞台にしているものの、イギリス側の人物を主役に配した異色のオペラといえる。

それなのに上演回数が6回だったのは、イギリス人以外の作曲家は不遇だったこと、登場人物が多く歌手を集めるのが難しかったこと、オペアブッファの人気が上がっていったことなどが考えられる。

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ということで、ロンドンでのヘンデルの活躍はよく聞くことだけれど、その後のロンドンでのオペラ上演について知ることができ有意義な研究発表だったと思う。《カラッタコ》というオペラは全く知らなかったオペラだけれど、今後聴く機会があったら是非、足を運びたいと思う。

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